わたしのひとり会

短歌、俳句、川柳、落語、読書、雑記

流行の歌詞は。 関ジャムを観て

「関ジャム」という、音楽を掘り下げていく番組で、ゲスト出演していたプロデューサーが言っていた言葉が非常に印象に残りました。
今回の関ジャムでは、3人の売れっ子プロデューサーが出演。それぞれが、自分の思う2016年の名曲ランキング10を発表しました。いしわたり淳治さんは2位にauのCMでお馴染みの「みんながみんな英雄」を挙げました。そのときのコメントです。

 

昨今のミュージシャンは作詞や作曲を自己表現だと思っている人が多くて、
もちろん、それも間違いではないけれど、そういう自我みたいなものが
逆に世の中に流行歌が生まれにくくしている一因かもしれないとも思います。
この歌は“世の中で広く聴かれる歌”という意識の下で
誰もが口ずさめるメロディーに、
シンプルで力強い歌詞が書かれていて、とても新鮮に聴こえます。

いしわたり淳治

2017年1月15日放送「関ジャム 完全燃SHOW」テレビ朝日

 

いしわたりさんは、自分の音楽が社会や人々にどう影響を与えるか、機能するかを考えるミュージシャンが減っているのでは、と危惧しているようです。たとえば永六輔の「上を向いて歩こう」のように広く伝わり、耳に残る。そういうものを作るのは実は難しいんだと。そういう理由で西野カナ「Have a nice day」を1位に選んでいました。私も「西野カナなんて…」とこれまで反射的にバカにしていましたが、チャッチーな歌詞を書き、その歌が聞く人の生活のBGMになることを意識して曲作りをしているとの指摘を聞くと、今までの偏見を正そうかなと思いました(^^;)

 

そういえば以前、テレビでいきものがかりが「あきりたりで単純なことしか言ってない」といった批判があるのも承知の上で歌詞を書いている、と言っているのを思い出しました。このときは「ふーん」くらいにしか感じませんでした。ですが、自己表現、文学性、新規性だけを志向するのではなく、「自分の音楽がみんなの生活、人生にどう効果をもたらすか」ということを、いきものがかりも意識していたんだと今更理解しました。


自分の好きなものを好きに書く。もちろんそれが根底にあるのだと思います。「流行歌なんていらねーよ、タコツボ上等」そんな声も聞こえてきそう…(^^;) けれど自分が作っていて気持ちのいいものだけじゃなく、人々にとって必要とされる、愛される音楽を目指すことも、ミュージシャンたちにとっては大切で、馬鹿にされるようなことではないんだと、私はこの番組を見て感じました。

 

 

新海誠の「君の名は。」もたいへんなヒットになりましたが、一方で「大衆受け狙って金儲けに走った」「以前の文学性が落ちた」なんてよく言われてましたよね。昔からのファンである私の友人なども、手厳しいことを言っているのをよく見かけました。(私は以前のウジウジした作風よりも好きでしたが…苦笑)

 

でも、この多様化した社会で、一部ではなく多くの人に観てもらうことを目標とするのは大変な試みだし、それに見事に成功していることは賞賛に値するものだと、しみじみ思いました。むろん私も「じゃあ売れれば何でも良いのかよ」という気持ちがありますが、アニメにしろ、音楽にしろ、大衆に受け止められるということは、つまりその時代を(いろんな意味で)表現していることになると思います。それは作品と名の付くものとして、大切な側面でもあるはず。

それに、多くの人に求められるものを作ろうとしたらおのずと「今の時代ってなんだろう」「人間とは何なのか」という深い問いにつながるのではないでしょうか。時代の風潮=正義とはこれっぽっちも思いません。「こんな時代だからこそ、お前ら目を覚ませ!」みたいな作品だってたくさん誕生し、その中から大ヒットになったものもあるでしょう。

 

 

ただ、いままで「大衆受け=陳腐+金儲け」としか捉えていなかったのは浅慮だったなと思い知らされた、とてもいい番組だったことを記録したかったのです。

 

話を広げると、最近はEU離脱やトランプ旋風など「ポピュリズム」が問題になっています。私も「なんて馬鹿な!しかもこんなに多くの人が!」といった感想で思考停止していましたが、いまつらつらと感じたことをきっかけに、「多くの人に支持される意味」を単純化したり馬鹿にしたりせず、考えねばと思わされました。